武家屋敷をはじめとした古い建造物が数多く現存するエリア。「みちのくの小京都」とも呼ばれる江戸時代に栄えた城下町だ。屋敷が立ち並ぶ表通りは文化財として保護されており「重要伝統的建造物群保存地区」の指定を受けている。武家屋敷は「角館歴史村・青柳家」のほか6ヶ所あり、すべて見学できる。江戸時代を思わせる風情ある町並みは、タイムスリップしたかのような気分に浸れる。桜の名所としても有名で、武家屋敷と桜の織り
秋田県仙北市と岩手県の境に位置する活火山で、男女岳(おなめだけ)・男岳(おだけ)・女岳(めだけ)の総称。標高は1637mと秋田一の高さを誇り、「日本二百名山」「東北百名山」に数えられている。山頂からは岩手山・鳥海山・田沢湖を一望できる絶景が広がる。夏シーズンの登山道では、多くの高山植物の大群生を見られる。中でも男岳の南東に延びる谷間「馬場の小路」は、通称「ムーミン谷」と呼ばれており、初級者でも歩き
薬医門と主屋は、角館に現存する武家住宅ではもっとも古いものとされる。その他にも、のぞき窓のある黒板塀や、門を入った所には、起こり破風に懸魚のついた正玄関と脇玄関などがある。仙北市指定文化財。
古い建物と現代とが違和感なく溶けあう武家屋敷。町を一望できる古城山に立つと、防火帯としてもうけられた火除けと呼ばれる広場がある。広場を境に、内町(武士の町)、外町(商人の町)が画然と区別されている。古城山、桧木内川の清流、古木による緑、街路の配置などはみちのくの小京都の名に恥じない。
特産品の樺細工が国の伝統的工芸品指定を受けたことを機に、その振興を図るために開館した。樺細工製作実演の他にもイタヤ細工や角館春慶、佐竹北家に伝わる武具等の展示室や特産品販売コーナーもある。建物は赤レンガを用い、武家屋敷のイメージを現代風に表現したもの。
山桜の樹皮をなめし,木型に張りつけたりお互いに張り合わせたりする樺細工がそろう店。小型の生活実用品が主な製品だが,装飾品や大型家具も多く作られている。
田沢湖抱返り自然公園に隣接しており,原始景観がよく保存されている。※〜令和2年12月4日まで、木の伐採のため登山道入り口が狭くなっております。登山の際には、ご注意ください。お問合せ先)秋田森林管理署 Tel018-882-2311
松庵寺の創建は天文年間(1532〜54)補陀寺八世察心寿鑑の開基したと云われています。当初は般若台にあったとされ、羽州街道が通るまではそこが主要街道でした。宝永年間(1704〜11)に現地に移りました。江戸時代には紀行家菅江真澄も訪れていて「かすむつきほし」のなかで松庵寺を紹介しています。境内には旧琴丘町指定記念物のケヤキなどの大木が茂っていて歴史の古さが感じられます。
芦名の重臣。佐竹時代になり現在地へ移転。幕末の建築だが、その後の改造や増築が少なく、角館の中級武家住宅の特徴を随所にとどめている。明治期に茅葺から木羽葺きに屋根を改修しこれにより大火をまぬがれたと伝わる。カシワの大木は樹齢300年あまり。秋田県指定史跡。
会津・芦名時代からの家臣。書院造りの表座敷には蝶の欄間。苔むした庭が美しく、屋敷の庭にはアカマツと隣家との境にユリノキの大木がある。渡り廊下で小田野家につながる。仙北市指定史跡。
(さなづら(という山ぶどうの実をつぶして作るゼリー状の菓子で知られる。酸っぱさと甘さがほどよくマッチしているのは、山ぶどうをそのまま生かしているからこそ。
佐竹氏時代からの氏子が多い外町の氏神。境内には「菅江真澄終焉の地」の碑が建っている。また、神社の例大祭が9月7日、8日でありこれが有名な角館のお祭りである。
角館町でもっとも古い郷社。薬師の祭典は、そのまま「角館のお祭り」となり、毎年9月8日を宵宮祭りに、9日は本祭りとして曳山が参拝し、神輿が巡業します。
苔むした岩や木々を見て、鳥のさえずりを聞くと、森の懐に抱かれた安心感があります。
角館に現存する武家屋敷のうち最古であるとされる石黒家は,道路に面してはのぞき窓のある黒板塀をめぐらす。屋敷内には古樹が茂り,武家屋敷のシンボルとなっている。