沼田・老神・尾瀬の観光施設 スポット 9選
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ありす館
群馬県 沼田・老神・尾瀬
- 観光施設
群馬県利根郡にあるお店。女性の心をくすぐる可愛らしい要素が詰まったお店で、花豆の甘納豆や地元の木の灰を使った味わい深い陶器を販売しており、手づくりケーキやお茶も味わえる。
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小松姫の墓(大蓮院殿の墓)
群馬県 沼田・老神・尾瀬
- 観光施設
真田氏初代藩主信幸(之)の正室で、2代信吉、4代信政の母であった大蓮院殿の墓。大蓮院殿は、徳川家康の重臣本多忠勝の娘で名は小松姫といい、家康が養女にして天正17年(1589)に信幸(之)に嫁がせました。 慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いの際には、上田に戻る父昌幸、弟幸村が沼田城を訪れたことを不審に思い、入城を拒んだことで女丈夫とうたわれました。元和6年(1620)に病み、療養のため、江戸から草津に来る途中の2月24日、武蔵国鴻巣にて48歳で亡くなりました。鴻巣の勝願寺・沼田の正覚寺・上田の芳泉寺にそれぞれ葬られています。
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街なか天狗プラザ
群馬県 沼田・老神・尾瀬
- 観光施設
沼田市街地の中心に位置する天狗プラザには、沼田まつりで担がれる大天狗面が安置されています。敷地内には農産物直売所が併設されており、街なか観光の拠点として最適です。
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天狗堂
群馬県 沼田・老神・尾瀬
- 観光施設
木彫りの天狗面としては、日本一の天狗面が安置されています。一見の価値ありです。
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海野塚
群馬県 沼田・老神・尾瀬
- 観光施設
真田昌幸は、沼田城を天正8年(1580)6月に手中に収め、真田一族の海野能登守輝幸を二の丸、藤田信吉を本丸城代に、金子美濃守を執事に据えました。 輝幸の兄の幸光は岩櫃(いわびつ)城代でした。この兄弟をねたむ者の「海野は北条と通ずる」との讒言(ざんげん)を信じた昌幸は、弟の信尹に命じて先ず幸光を急襲して討ち、直ちに沼田城に入りました。 輝幸は、「主家に二心無き証をたてん」と迦葉山を目ざす途中、岡谷地内で真田勢に追撃されてしまいます。 輝幸は、真田の検視役・田口又左衛門と沼田一の豪者・木内八右衛門を一太刀で討ち、「無益の殺生はこれまで」と嫡男幸貞と刺し違え自刃したのです。 そして、父子をここに葬り、海野塚と称しました。
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真田河内守信吉の墓
群馬県 沼田・老神・尾瀬
- 観光施設
真田氏2代藩主信吉の墓。屋蓋に真田氏の紋「六連銭」が刻まれ、総丈297cmの宝篋印塔です。元和2年(1616)に信幸(之)が沼田から上田に移ったため、2代沼田藩主となりましたが、寛永11年(1634)11月28日に江戸屋敷にて40歳で亡くなり、遺骸は沼田へ送られ、迦葉山で火葬しこの寺に葬られました。
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江口きち女の墓
群馬県 沼田・老神・尾瀬
- 観光施設
大正2年11月23日、川場村谷地に生まれる。18歳の時母が死に、老いた父、知恵遅れの兄、4歳下の妹をかかえた苦しい生活。その中で短歌に自分の気持を託し慰めとしていた。死にのぞんで身のまわりを整理し「大いなるこの寂けさや天地の時刻あやまたず夜は明けにけり」。「睡たらいて夜は明けにけりうつそみに、聽きをさめなる雀鳴き初む」の辞世を残し、兄とともに自らの命を絶った。死後、河井酔茗夫妻によりきち女の歌360余首、日記等を編集した「武尊の麗」が出版された。
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岩観音
群馬県 沼田・老神・尾瀬
- 観光施設
村の重要文化財にも指定されている岩観音は、村の安泰と発展を願い彫られたもので、高さ25mほどの岩に33体の観音像と1体の弁財天像が刻まれている。 ※鳥獣対策の為、電気柵を設置しております。ご注意ください。(外して中にも入れます)
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伽羅苑(ドライブイン)
群馬県 沼田・老神・尾瀬
- 観光施設
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