琉球ガラス村は、那覇空港から車で約25分。沖縄本島の最南部、糸満市にある県内最大の手作りガラス工房です。戦後の沖縄でうまれ、南国らしさあふれる色彩や、丸みをおびたかわいらしい形が大人気の琉球ガラス。その琉球ガラスの魅力がすべてつまった「琉球ガラス村」を、asoview!NEWS編集部が取材してきました!雨の日でも存分に楽しめる、屋内施設の詳細をご紹介します。
今回案内してくれた方はこちら!
琉球ガラス村の眞榮城啓さんです。もともと琉球ガラスが好きで、沖縄伝統工芸の発展に関わりたいという強い思いから琉球ガラス村に。眞榮城さんのうしろに写っている壁は、ガラス村の建物の外壁です。よく見ると、こんな細かい外壁のタイルもすべて琉球ガラスでできているんです!
琉球ガラス村内には、ガラス工房「職人」、ガラスショップ、アウトレットショップ「じゃんがらや」、琉球ガラス美術館、レストランぎやまん館、相田みつを言葉の森の計6施設があります。
琉球ガラスとは
いまや沖縄土産の定番「琉球ガラス」。平成10年(1998年)には、沖縄県の伝統工芸品に認定された沖縄を代表する特産品です。あまり知られていませんが、100年以上も前からつくられている沖縄の伝統工芸・紅型(びんがた)や、やちむんに比べ、琉球ガラスの歴史はとても浅いんです。沖縄伝統工芸の中で最も歴史が浅いともいわれています。
琉球ガラス村をより楽しめるように、〝琉球ガラス〟の歴史や豆知識をご紹介します!
琉球ガラスの歴史
琉球ガラスの歴史は、さかのぼること戦後・1950年。現在の那覇市与儀に建てられた一軒のガラス工場からはじまりました。
戦前(明治時代)、長崎や大阪から「廃瓶(一般的な無色透明のガラス)」を再利用し、「ほや(ランプのカバー)」や「投薬瓶」などの製品に作り替える技術が、沖縄に伝わりました。
そして戦後、その技術の進歩と共に、アメリカから、コーラやビールなどの、緑色や青色の廃瓶が出回るようになると、透明なガラスの製品だけでなく現在の琉球ガラスのような色とりどりの製品もつくられるようになります。戦前とはちがい、その技術によって日用品も製造されはじめ、現在の琉球ガラスの原型ができあがりました。
琉球ガラスならではの〝謎の気泡〟の正体
琉球ガラスといえば、特有の厚みのあるガラスとその中に浮かぶ独特な〝謎の気泡〟のデザインが特徴的。実はあの気泡の正体にも歴史があるんです!
廃材を再利用しガラスを製造する場合、ガラスと廃材についている「不純物」が混ざる工程で気泡が発生しやすくなります。そのため、沖縄でつくられるガラスの多くは、一般的なガラス製品よりも分厚く、気泡が入ったものになりました。
透明ではないガラスははじめはB級品扱いでしたが、意外にも、当時沖縄に暮らしていたアメリカ人から人気を集めます。それから徐々に日用品やお土産としても需要が高まるようになりました。1975年の沖縄海洋博覧会で観光土産品として売り出したのをきっかけに、琉球ガラスの生産額も飛躍的に増加しました。
現在では、原料や技法も改良され製造方法も大きく変化しました。原料は廃瓶ではなく、水あめ状にとかしたガラスに、炭酸水素ナトリウムを混ぜて気泡を再現しています。無数の細かい気泡がつくりだす、やわらかな印象は琉球ガラスの大きな特徴のひとつです。
それでは、琉球ガラス村内、6施設の詳細をみていきましょう!